徒然なるままに


己の欲望に忠実な落書きブログ。

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9/4の無配小説(真田兄弟)

イベントで配った真田兄弟(幸兄寄り)の小説です。
いきなり幸村の妻が出てきたり、息子も娘も登場し、
なおかつ大阪の陣に関する人も出てくるという
無双要素低めの、わりと史実ベースな創作歴史に近いです。
苦手な方はご注意ください。
続きにたたんであります。
 兄と弟、父とその子

 慶長五年 晩秋

 関ヶ原の戦いで西軍に与した真田昌幸、幸村親子は斬首処分を免れ、紀州九度山へ流された。
 この戦において家康の息、秀忠は二万の徳川軍を率いての初陣であったが、上田城にて昌幸、幸村親子に阻まれ、ついに関ヶ原の決戦に間に合わなかった。秀忠は初陣を惨憺たるものにされ、真田に対し恨みを抱き「昌幸、幸村親子は死罪一等が妥当である」と声高に主張し、周囲も親子の死は免れないだろうと噂した。
 しかし噂どおりにはならず、二人の首が繋がっているのも、ひとえに真田信之の悲痛なまでの助命懇願と、彼の岳父である本多忠勝による口添えの賜物であった。特に徳川家譜代の家臣である忠勝の死をも厭わない覚悟の嘆願に、半ば家康が押し切られた形で昌幸、幸村親子は死罪から流罪へ減刑となり、高野山へ蟄居を命じられた。
 当初の流刑先は高野山であったが女人禁制のため、妻女を連れた昌幸、幸村一行は程なく九度山へ移されることとなる。
 上田の地を離れる数日前、幸村は妻を九度山へ連れて行くのを憂慮し沼田の兄に託そうとしたが、妻は白く細い首を横に振り、残されることを拒んだ。
「私は父を失いました。父に続いて、夫までも失いたくはありません」
 そう言った妻の顔は晩秋の夕焼けに照らされ、燃えるような赤色に染まっていた。伏目がちな瞳をこの時ばかりは強く開き、頑として己の意思を曲げるつもりがないことを、射るような眼差しで幸村に訴えている。
 このように自分の意思を口にした妻の態度は、初めてのことであった。幸村は従順しか能のない女だと思っていたが、妻が初めて示した意思を尊重したいと思い、ついて行くことを許した。
 妻は幸村の影を追うように、九度山へ静かに同行した。時は晩秋を過ぎ、山眠る季節へ差し掛かっている。まだ見ぬ九度山は、すでに眠っているのだろうか。

 九度山での生活は決して楽ではなかったが、幸村と妻は不幸ではなかった。それはこの夫婦の間に初めて男子を授かったのが、何よりの証拠である。
 妻が懐妊して間もなく「この子は、きっと男子でしょう」と独り言ちながら、へこんだ腹に優しく手をあてている姿を、幸村は不思議そうに眺めた。その十月後、妻は自身の予言どおり男子を産み落とした。産声に誘われるように妻の許へ向かった幸村は、我が子を目にして言葉を失う。
 妻の腕に抱かれた嬰児は、髪が疎らに生えていた。真っ赤で皺だらけな顔の上には、見慣れた淡い灰色の髪。
 九度山で授かった息子は、兄の信之と同じ色をした髪を持って生まれた。

 九度山にて

 息子は大助と名付けられ、心根も身体も健やかに育っていった。
妻は初め、大助の柔弱な灰白色の髪を不憫に思ったが、四つん這いで居室を動き回る頃には髪色への頓着が失せたらしい。我が子が病一つ患わず壮健なことが妻を安堵させ、髪色など些細な憂いに思えたのだろう。
 幸村は大助の成長を間近で見るにつけ、日に日に兄の面影を宿していくように思えてならない。乳歯が生え揃う頃には、一番古い記憶の兄の幼い顔を想起させる程であった。

「父上。大助も太刀を振るいとうございます」
 乳歯が抜け初めた頃から、大助は幸村に剣術の稽古をせがむようになった。幸村は真剣に取り合わなかったが、無聊を慰める程度に大助の相手をしてやった。
 大助は飲み込みが早く筋も悪くなかったが、人を殺す気迫は感じられない太刀筋である。それは遠い昔の、幸村に打ち負かされていた信之と同じ太刀筋をしていた。
「お前の太刀の振るい方は、兄上に似ているな」
「兄上?」
「ああ。大助にとっては伯父上か」
「沼田の伯父上ですね。どのようなお方ですか」
「そうだな、兄上は・・・」
 お前のようだ、と言いさして幸村は口つぐむ。続く言葉を大助は大人しく待っていたが、ただ眼だけは違った。忙しく瞬かせた眼は、早く早くと面識がない叔父の話を催促している。
 幸村は落ち着きのない子供の眼を見据えた。大助の眼は、父親譲りの黒々とした煤のような色を湛えている。唯一、自分との相似を見出だせる息子の眼を、幸村は好ましく思いながら、信之の話をはぐらかした。

 大助との手合わせは記憶に沈んだ幼い兄の姿を呼び起こし、ある日を境に幸村は息子を兄と錯覚するようになった。
 ある日とは、大助が伸びた灰白色の後ろ髪を一つに結い上げるようになってからを指す。殊に太刀を振るう所作と、束ねた髪がたおやかに靡く様は、あまりにも信之に酷似していた。
我が子と対峙しながらも、幸村は遠く離れた兄の存在を肌で感じてしまう。以来、大助の稽古をぱったり止めた。しかし大助は、どうにかして幸村から稽古をつけてもらいたく、折を見ては父に請うた。
「父上、剣の稽古をつけてくださいませ」
 縁側で惰眠を貪る幸村を揺り起こし、大助は木刀を二本携えて幸村の面前に座り込んだ。
「剣術など葉武者のすることだ。学ぶなら兵法にするといい」
 幸村は欠伸を噛み殺しつつ、乱雑に積まれた書物から六韜を投げ寄越し、素気なくあしらった。だが大助は膝元へ落ちた六韜には見向きもせず、尚も幸村に詰め寄る。
「いかに優れた兵法も、葉武者がいなければ成り立ちません」
「道理だな」
「父上。私は兵を指図する法を学ぶより、身近な人を守れるだけの力があれば、それでよいと存じます」
 ふと、庭先から少女の明るくもかしましい声が上がった。大助の後に生まれた幸村の娘たちが、狭い庭を手鞠が弾むように駆け回っている。幼い妹たちの楽しげな様子に、大助は優しい眼差しを注いだ。
「妹たちや母上、おばあ様におじい様。私は手の届く大事な人を守りたいのです」
「父が抜けているぞ、大助。私は大事ではないのか」
 幸村は笑いながら、冗談で僻むような返事をした。大助の口元にも自然と笑みがこぼれている。
「大事です。父上は大助にとって一等大事なお人です」
 再び面を父に戻した大助の表情は、いつになく真摯で大人びていた。
「ですが、父上には手が届きません。きっと死ぬまで」
 だから守れません、と寂しげに話す息子は、犬伏で袂を別った兄と同じ顔をしていた。あれからもう、いくつ年が暮れて明けただろうか。

 昌幸の死

 昌幸は最期まで戦禍を夢見て争乱を待ち望んだが、ついにその期を迎えること叶わず、九度山で生涯を終える。
 臨終の間際、混濁した意識で孫の大助を目に止めては「源三郎、源三郎」と、掠れた声で呼び掛ける姿は憐れであった。
 すでに昌幸は子と孫の見分けがつかないほど耄碌し、衰弱している。「源三郎」と呼ばれ、「はい」と殊勝に返事をする大助は、果たしてどんな面持ちで祖父を見たのだろう。それを唯一知る昌幸は、とうに世から去っていた。

「源三郎とは伯父上の幼名でしょうか」
 昌幸の四十九日を過ぎた頃、真新しい仏壇の前で大助は「源三郎」の名の持ち主を幸村に尋ねた。聞かずともわかっていたが、あえて父の口から聞きたいと思ったのだろう。
「ああ。沼田の伯父上の名だ」
 幸村の顔は横に座る大助ではなく、開け放たれた障子から狭い庭を越え、はるか遠く信州へ向けられている。
 大助は隣にいながら、指の隙間から抜け落ちるように、父の関心が自分から離れたのを覚った。きっと落ちた先には伯父がいるのだろう。未だ見ぬ伯父の信之へ、大助は小さな妬心を抱いた。
「おじい様は最期まで、私が伯父上に見えていたようです」
 信之への妬みからか、大助は些か刺を含んだ口振りで祖父が最期に見た光景を幸村に語りかける。いらえはない。代わりに幸村が眉尻を下げ、苦笑いをした。その曖昧にしたまま逃げようとする幸村の態度に、大助は言い様のない不快を覚えた。
「父上は、大助が見えていますか」
「お前以外の何に見えるというのだ」
「いいえ。父上の眼には私ではなく、伯父上が映っている」
 父も祖父も、自分を通して信之を見ていたことを大助はついに言葉にし、妬心を吐き出した。
「私がそばにいるときは、伯父上の弟ではなく、私の父上であってください」
 小さく白い手が、ささくればかりの浅黒い手を掴んだ。整えられた子供の丸い爪の先が手の甲に食い込み、そこでようやく幸村の意識と視線は大助に注がれる。
 黒い瞳は磨かれた鏡のように、ただ息子のみが映された。そこには信之の影が入る余地はなく、赤い唇を引き結んだ表情など、どことなく妻を思わせる憂いを帯びている。
 改めて見た息子の沈痛な顔は、自身と妻の血が流れていることを訴えており、幸村は初めて父としての自覚が芽生えた。
「お前が生まれてから、私はずっと真田大助の父だ」
 優しく語る幸村の声は、父性の温もりに溢れている。
 大助は生まれて初めて、父の顔をした幸村と向かい合えたような気がした。
 次の日から、親子は剣の稽古を再開した。同時に、大助に重なっていた信之の影は薄れ、幸村は息子を兄と錯覚することもなくなり、親子には穏やかな星霜が流れる。 しかし二人が親子として過ごせたのは、ほんの一時のことであった。

 冬の陣

 時は慶長十九年の冬。大阪の招きに応じ、幸村は豊臣家の将として、徳川軍と再び干戈を交えることとなる。
 九度山から抜け出し大阪に入城することが、真田家にとって不利益であるのは承知していた。幕府から厳しい監視を受けながらも、善政をもって藩を統治する兄の信之には申し訳ないと思う。だが、それだけだった。幸村という男は自分のためにしか生きられず、また自分のためにしか死ねない。
 大阪からの書状が九度山に届いた日から、幸村は大助の父親ではなくなり、兄に甘えるわがまま勝手な弟に戻っていた。何も顧みない幸村の背は、果たして大助の眼には何と映ったのだろうか。
 今日も幸村は嬉々としながら、徳川軍を迎え撃つべく出城の普請に没頭している。設計図を食い入るように見つめる爛々とした黒い眼は、元服したての男子のように初々しい。親というにはあまりにも幼い幸村の姿に、大助は父を見出だすことが出来なかった。

 大助はこの戦で初陣を果たした。幸村は妻と娘共々、九度山へ残していくつもりだったが、大助は拒んだ。
「父上を失いたくありません」
 白い首を横に振る静かな拒絶は、あの日の妻と重なる。
 上田に残されることを拒み、真白く細い首が左右に振られたこと。伏し目がちな瞳が強く開かれていたこと。あの日の妻がとても美しかったこと。
 幸村はかつての晩秋で妻に九度山同行を許したように、大助の大阪入城を許した。

 世に言う大阪冬の陣は、大筒に怯えた淀殿によって和睦が結ばれ、束の間の休戦となった。死と隣り合わせの戦場で兵卒士卒が奮戦するなか、戦場を知らない女供の指図で翻弄され、牢人衆は憤懣やる方ない。そんな鬱屈した大阪城にいながら、幸村の気持ちは清々しかった。
 遡ること慶長五年の秋。関ヶ原を目指して中山道をゆく東軍を、昌幸、幸村親子は上田城で迎え撃ち、徳川秀忠の鼻面を引き回して苦汁を飲ませた。あのときに覚えた全身の血が沸騰するような高揚を再び得られた幸村は、久方ぶりに生を実感している。戦場の空気で満たされた肺腑の心地よさに、己の生きる場所と死に場所は戦場でしかない、と思い極めた。
 心血を注いで築いた出城は和睦条約により破却されたが、幸村は惜しくもなかった。なまじ、あのような拠り所があっては、死に場所を見誤るだろう。徳川軍を散々に苦しめた出城・真田丸は、幸村にとって飽きたら捨てる玩具にすぎなかった。
 茶番で結ばれた講和が破られる日を、幸村は指折り数えて待ちわびている。
 徳川軍によって日に日に埋め立てられてゆく大阪城の外堀は、間もなく戦が始まることを示していた。
 その折に、一通の書状が幸村の元に届いた。差出人は大御所、徳川家康である。

兄と弟、父とその子

「久しいな。息災であったか」
「はい。こうして兄上をお目にかかれるとは、思いもよりませんでした」
「私もだ」
 時は陽春の候、場所は桜に包まれた京へ移る。京の苔むした古刹にて、幸村と信之は実に十五年ぶりの再会を果たした。此度の場は徳川家康によって秘密裏に進められた会合であり、信之は幸村の調略を任ぜられている。しかし、それは表向きのもので、内実は兄弟に最後の語らいをさせてやろう、という家康の情であることを、信之は察していた。

 家康から形ばかりの調略を任されたのは、梅の花が咲く頃だったか。
「弟と語ろうて参れ。これで、調略できれば儲けものだが」
 無理であろうな、と家康は含み笑いを浮かべた。その情けに感謝の言葉すら上手く言えず、信之は首を垂らして静かに落涙することしか出来なかった。

「お前は変わらないな」
「兄上は少し細くなったようにお見受けします」
「そう見えるか。誰のせいだろうな」
「あとは、少々意地が悪くなられたようで・・・・・・」
 兄弟は顔を見合わせ、声をあげて破顔した。笑い合う兄弟の姿は十五年の歳月を感じさせない再会であるが、信之には疲労の色が窺える。幾分か面やつれしており、幸村の知らない皺も増えていた。
 そんな兄の生きた証のように刻まれた皺が、幸村には華美な化粧よりもずっと美しく思えた。
「私の兄上は、あなただけだ」
「そうか」
「はい」
 信之の白い面に、日に焼けた手が伸びる。逆剥けた指が額の皺に触れ、次に運ばれたのは目尻に残る烏の足跡。その足跡から指先が離れると、頬を伝い口元へ落ちた。
 まるで信之の歩んだ時を辿るように、美しく老いゆく兄の顔を幸村はなぞる。親指の腹で幾度もなぞった下唇は熱く、薄皮の下を流れる血を思う。水よりも濃く、重く、真っ赤な血が、信之の雪を欺く肌の下に流れている。
 この人にも、自分と同じ血が通っているのだと。切っても切れない、切りたくても切れない兄との繋がりに、弟の無邪気な支配欲は満たされていた。
 信之の唇から零れた吐息の熱さに当てられ、幸村の親指は微かに濡れている。兄の熱から手を離し、親指の腹で己の下唇に触れた。乾いた唇に濡れた親指は酷く熱く、その些細な熱すら幸村の身を焦がすのには十分であった。
 心は炙られ、芯から爪先にまで至る血潮は皮一枚隔てた先で、濁流のようにうねっている。
 その血がどれだけ二人を苦しめ、またどれだけ幸いを運んだであろうか。それを胸の内に秘めた兄弟は、互いに口を引き結び、ただ眼を交わすだけであった。

 とうに天の頂を過ぎた日は山麓の狭間に沈み、辺りはおろか古寺も暗くしじまに包まれている。廊下の遠く先から聴こえる足音に、兄弟の沈黙は破られた。
「失礼いたします」
 開かれた襖から現れたのは大助であった。
「父上。迎えに参りました」
「ああ、大助か。こちらへ」
 戻る刻限を過ぎても姿を見せない父を心配し、迎えにきたらしい。幸村は手招きし、室へ入るよう促した。
「この方が沼田の伯父上だ。ご挨拶を」
「はい。伯父上、お初にお目にかかります。大助幸昌と申します」
 信之は初めて見る甥の風貌に、一瞬言葉を失い、目を瞠った。自分の息子には現れなかった灰白色の髪を、弟の子が持って生まれてきたことに何を思ったか。
 幼い自分を映したような甥の姿に驚きはしただろうが、それはすぐに親しみへと変わり、信之は優しく笑んだ。
「大助か、よい名だ。いくつになる」
「十三でございます」
「しっかりしているな。大助の父上が十三のときは、もっと子供じみていたが」
「ええ。私が奔放できたのも、しっかり者の兄上がいらしたおかげです」
「父上は今でも童のように振る舞われますよ」
 大助が背筋を伸ばして幸村を嗜める様は、子供ながら分別のついた顔がなんとも愛らしく、信之と幸村は顔を見合わせて笑った。
大助は父と伯父にからかわれたと思い、頬はおろか耳まで紅潮している。その様がますます可愛げを引き立たせていることを、大助は自覚していない。
「よい息子を持ったな、幸村」
「はい。私にはもったいない、良くできた子です」
 大助の顔を見据えながら、幸村はしみじみと我が子を誉めた。今まで聴いたことがない程に穏やかな父の声音に続き、伯父の言葉が大助に向けられる。
「私がそばにいなくとも、大助がいるのであれば案ずることもないな」
 幸村を見届けてくれ、と静かに話す信之の瞼は緩やかに閉ざされた。僅かに上下する胸元を伝い唇から溢れる吐息に、伯父は優しい呼吸をする人だ、と大助は思う。
 幸村の最期を見取ることが叶わない、と信之は予感を抱いている。だからこそ自分とよく似た甥に、弟の最期を見届けて欲しいと願ったのだろう。それを察した大助は、小さく頷いた。

 夏の陣

 吉野山の桜は既に散り、季節は新緑が隆盛を誇る初夏。時は慶長二十年五月七日の大阪城へと移る。
 昨日の道明寺において、後藤基次などの名だたる牢人衆が討死しており、さらに秀頼の信頼厚い若き将の木村重成は若江で井伊隊に討ち取られている。戦況は冬の陣とは比べものにならないほど、陰惨たる死と敗北の気配が立ち込めていた。
 淀殿は千姫が手元にある限り、自身と秀頼は助かると考えている。その甘い考えが、豊臣家の興亡をかけた戦いへ挑む諸将の心持ちを妨害していた。
 遠く陣を構えなくとも、秀頼が大阪城から出るだけで、どれだけの将兵が奮い立つことか。瓢箪の馬印が見えるだけでも構わない。それだけで、いったいどれ程の士気が上がることか。だが、淀殿は命を賭して戦う将兵の心持ちなど、知る由もなかった。
 淀殿は過去に二度の落城を経ているが、いずれも生き永らえている。その経験があるからこそ、此度の戦でも生き残れるだろうと、心の底では楽観していた。しかし淀殿は家康の本性を見誤っており、家康は徳川家の為なら我が子と妻を殺せる男であることを知らない。たとえ千姫を人質に取り、秀頼と自身の助命を要求しても、家康は孫娘ごと二人を殺してみせるだろう。
 戦乱で辛酸を嘗め尽くした男とは、そういう生き物である。

 信之は、この戦に参陣しておらず、江戸の真田屋敷に詰めている。京で幸村と語り合ったあと、花冷えで体調を崩し養療のため江戸に移った。病に臥せっていたため、幸村と対峙する事態は免れたが、やはり弟の最期を見ることは叶わなかった。それが心残りで、信之は気鬱に悩まされている。
―だが、これでよかったのだ。
 戦場で相見える幸村は、きっと弟ではない。鮮血を浴び、硝煙と戦塵をまとう葉武者に成り下がっているだろう。そんな弟の姿は見たくはない。幸村は最後まで、自分の知っている弟でいてほしかった。信之が兄として弟に望むものは、ただそれだけだった。
 弟が何度も触れた己の薄い唇を噛み締めながら、信之は西の空を見つめた。日は高く登り、正午を過ぎた頃であろうか。

一方大阪では、間もなく幸村が天王寺口で決死の戦いに臨もうとしていた。

 白と赤

 吐息が当たるほど近くに顔を寄せなければ、互いの声が聴こえぬ程の不協和音が戦場を包んでいた。辺りは焦土と血の臭いが充満し、立っている兵の方が少ない。家康の首を取る機会は既に逸した。大阪城へ退却するための、引き上げる兵も失せた。大助も幸村も辛うじて生きてはいたが、二人に死の影が迫っている。
 死を目前にし、この期に及んで己の戦う理由を、切っ掛けを、幸村は見つめ直していた。
 あれは初陣でのこと。御首を挙げ、誰よりも真っ先に信之が誉めてくれたのを思い出した。
 血みどろの手を、信之の白い手は汚れるのも厭わず両手で強く握り締めてくれたこと。血と泥の飛沫で汚れた顔を、きれいな手で優しく拭ってくれたこと。薄い唇を開き「よくやった」と、声を震わせながら誉めてくれたこと。それが幸村にとって、すべての始まりであった。
 幸村が戦に臨む切っ掛けは、兄に誉められたいという、弟らしい些細な理由だった。その些細な理由が、いつしか幸村の生きる理由になり、また死ぬ理由になった。自分は最後まで信之の弟であったと、幸村は思い返す。
 最後の大戦で兄に誉めてもらえないことが幸村にとって唯一の心残りであり、また兄への未練になるであろう。

 感覚が失せた片足を引き摺り、折れた槍の柄を杖代わりにし、幸村は宛てどもなく足を踏み出した。見かねた大助が支えようと手を差し伸ばすが、それを幸村は邪険に払いのけ、力ない歩を進める。澄んだ黒い目には、もう大助の姿は映らない。眼前に広がる折り重なった将兵の遺骸が、まるで真っ赤な花の集塊のようで、幸村の瞳孔は奪われた。
 ―ここに息子を連れては、いけない。
「お前は秀頼様と落ち延びろ」
 幸村は振り返りすらせず、大助に別離の言葉を告げた。
 大助の大きな目を縁取る睫毛は揺れ、目尻は赤く染まる。見る間に瞳は潤んで、煤まみれの頬を涙が伝う。
「いいえ。私も父上と共に死にとうございます」
「去れ。私の未練は兄上のみで十分だ」
「父上っ、」
 尚も食い下がる大助の悲鳴に近い懇願を幸村は黙殺し、死臭と煤の臭いが立ち込める辺りを見渡した。主を失い戦場を彷徨う馬を見つけ、大助を強引に鞍へ乗せると馬の尻を勢いよく叩いた。驚いた馬は嘶きを上げ、大阪城へ向かって疾駆する。
 大助は馬上から何度も何度も振り返り、父を呼びかけた。しかし大助の叫びは幸村の耳には届かず、精一杯伸ばした白い手は虚しく空を切る。
 幸村は離れゆく大助に一瞥もくれず、踵を返して戦塵が舞い上がる怒号の渦へ沈んでいった。
 一緒に死にたい、という大助の最後のわがままを撥ね退け、幸村は一人で死んだ。 信之への未練のみを冥土の土産に、幸村は地獄へ落ちていった。

 薩摩へ

「豊臣秀頼の名は大阪城と共に滅んだ。これからは、なんと名乗ろうか」
船上で揺られながら、秀頼は空を仰いだ。初夏の空気をまとった風が、彼らを薩摩へ誘う。
 大助は父から、秀頼は母から解放され、新しい地で生きていく。彼らは過去を捨てるのだから、やはり新しい名が必要になるだろう。
「そうだ。石松丸にしよう」
「よい名ですね。ご自身で考えてらしたのですか」
「いいや、石松丸は兄の名だ。父上が初めてもうけた御子の名であったらしい」
 秀頼には二人の兄がいたが、いずれも彼が生まれる前に早世している。同腹の兄・鶴松とは別に、長子で腹違いの兄がいた。その兄の名が他でもない「石松丸」であった。
 物心がついて間もなく父を喪った秀頼は、子供の頃の頼りない記憶から、父の面影を思い浮かべた。とかく優しかった父のことだから、自分の兄たちも散々に甘やかし、さぞ慈しんだであろう。
 それが長子ともなれば格別の情を受けたに違いない。現に秀吉は石松丸の元服名である「秀勝」を、養子に譲り受けた織田信長の子を「秀勝」と名付け、また甥を養子にしたときも「秀勝」とした。よほど初めての子が忘れ難かったのだろう。
 秀頼はそんな石松丸が羨ましかった。彼もまた、大助と同様に父が一等大事だったが、それを自覚する前に死別している。
「そなたも大助の名のままでは、生きづらいだろう」
 海風を頬に受け、大助は快晴の空を見上げながら瞼を閉じた。瞼の裏に焼き付いた光景。大阪城が赤々と燃え落ちる様が、昨日のように甦る。鼓膜に残るあの日の音は、獣のような雄叫びに、地響きのような砲撃音。
 様々な光景が浮かび上がるが、最後に思い出されるのは、雑兵の群れに沈んでいく血達磨の将。その将は、馬上から振り返った大助が最後に見た父の後姿であった。
 大助の小さな白い手では幸村には届かず、やはり守ることは叶わなかった。ならばせめて一緒に死にたいと願ったが、幸村は許さなかった。
 ー私が伯父上だったら、父上は共に死ぬことを許したのだろうか。
 落ち延びろ、と大助に言ったのは、父としての情けなのか、弟として死ぬには大助の存在が邪魔だったからか。今となっては分からない。ただ幸村は最後まで兄の影を追い求め、血塗れの花に埋もれるように、一人で死んでいった。

「そなたの名は、何とする」
「名は・・・源三郎と改めようかと」
「源三郎か。その名には、元の持ち主がいたのか」
「はい。父が唯一、今生で未練を残された人の、遠い昔の名です」


息子から見た幸村と、兄から見た幸村という話を書きたくて小説にしました。
でも幸村は二足の草鞋を履けないよね、ていう話です。
  1. 2016/09/07(水)|
  2. 戦国無双4
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Author:ときつ屋



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鎌倉後期~南北朝初期を捏造創作し、版権物(主に無双シリーズ)の二次創作を取り扱っており、かつ女性向けの嗜好となっております。
免疫のない方はご注意を。


版権元とは一切無関係です。



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